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神戸地方裁判所 平成9年(ワ)2550号 判決

神戸市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

永井幸寿

東京都中央区〈以下省略〉

被告

野村證券株式会社

右代表者代表取締役

右訴訟代理人弁護士

辰野久夫

右訴訟復代理人弁護士

藤井司

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実及び理由

第一当事者の求めた裁判

一  原告

1  被告は原告に対し、金一一五六万五五三〇円及びこれに対する平成一〇年一月一〇日から支払済みまで年五分の割合の金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  被告

主文同旨

第二事案の概要

一  本件は、原告が被告に対し主位的に、被告が原告名義で行ったワラントの売買は原告の注文に基づかないものであるとして、被告との間の委任契約に基づき、被告が原告の取引口座から引き落とし処理した右売買に係る差損金額の返還を請求し、予備的に、被告の従業員の違法なワラント取引の勧誘行為により損害を被ったとして、民法七一五条一項に基づく損害賠償を請求した事案である。

二  前提となる事実(証拠を掲記しない事実は、当事者間に争いがない。)

1  (当事者)

(一) 原告(昭和九年○月○日生)は、医師であり、昭和五四年四月に市内で内科の診療所(a)を開設し、現在に至っている者である。

(二) 被告は、肩書地に本社を有し、有価証券の売買等の媒介、取次及び代理などを目的とする株式会社である。

2  (原告の取引の開始)

原告は、昭和五七年六月二四日、被告に対して総合取引の申込みをして総合取引口座(保護預かり口座)を開設し、以後、別紙1取引一覧表記載のとおり、証券取引を行っていた(乙一ないし四、弁論の全趣旨)。

3  (原告のワラント取引)

(一) 原告は、平成六年九月ころ、被告(神戸支店・以下同じ。)の営業課社員B(以下「B」という。)からワラント取引の勧誘を受けた(乙四七、証人B)。

(二) 平成六年九月二一日付けで、原告の署名とその名下に原告の印章の押捺がされた被告宛の「外国証券取引口座設定約諾書」(乙六・以下「本件取引口座設定約諾書」という。)が作成されて被告に交付された(乙六)。

(三) 平成六年一一月一九日付けで、原告の署名とその名下に原告の印章の押捺がされた被告宛の「国内新株引受権証券及び国外新株引受権証券の取引に関する確認書」(乙九・以下「本件確認書」という。)が作成されて被告に交付された(乙七)。

(四) 被告は、原告の委託者名義で、別紙2ワラント取引一覧表(以下「ワラント取引一覧表」という。)記載のとおりワラント売買を行った(右ワラント売買を、以下「本件ワラント取引」といい、同表記載の各ワラントを同表の番号欄記載の番号に従って「番号1のワラント」などという。)を行った(乙一ないし三、弁論の全趣旨)。

(五) 右ワラント取引につき被告が行った原告の取引口座の損益金の処理は、ワラント取引一覧表記載のとおりである(乙一ないし三、弁論の全趣旨)

三  争点

本件の争点は、次の点にある。

1  被告によるワラント無断売買の有無(番号3、5、6、7の各ワラントの売買は、被告が原告に無断で行ったものか)

2  被告の社員の原告に対する不法行為の成否(原告に対するワラント取引の違法な勧誘行為の有無)

3  (被告の社員の不法行為が成立するとして)原告が被告に対して請求し得る損害賠償の額

第三争点に関する当事者の主張

一  争点1(被告によるワラント無断売買の有無)について

(原告の主張)

1 原告の妻の亡C(以下「C」という。)は、従前から自己の名義や原告の名義で被告と証券取引を行っていた。原告は右取引に係る証券の管理や運用をCに一切任せ、Cは、原告とは相談せず、被告の担当者と相談して証券取引を行っていた。したがって、原告自身は、事実上証券取引の経験はなかった。

2 Cは平成六年○月○日に死亡したが、その後の同年一一月一九日、原告は、原告の診療所を訪れた被告の営業担当社員のBに対してC名義の取引の解約の手続を求め、Bはこれを了承した。その際、Bは、原告に対し、「日本の株はもうだめです。アセアンの株の方が良いです。」、「外国の株式を買うなら社内の書類が要ります。」などと言って、書類を鞄から取り出して原告に署名捺印を勧めた。原告は、右書類の「外国新株」の表題とBの言動から、右書類が外国の株式を取引するときの基本契約書であると考え、Bに、具体的な株式の売買をする時はその都度事前に報告して個別に売買の手続を行うのかを確認したところ、Bは「そうです。」と答えた。

原告は、右Bの言動を信じ、将来株を購入する時があれば何かの役に立つと考えて、Bが出した右書類に署名捺印した。その際、Bからは、ワラントの仕組みや危険性はもとより、右書類がワラントの購入に関する契約書である旨の説明もされなかった。むしろ、Bは、右のように、右書類がワラントとは全く無関係な書類であるように虚偽の説明をして、原告に署名捺印をさせたものである。当時、原告は、ワラントについての知識は全くなかっただけでなく、そもそも証券取引自体をする意思はなかった。後日、原告は、右の書類が本件確認書であったことを知ったものである。

3 原告の名義でワラント取引一覧表記載の第四回三菱石油外貨建ワラント(番号3)、第三回堺化学外貨建ワラント(番号5、6)及び第六回三菱石油外貨建ワラント(番号7)の三銘柄のワラント(以下「本件三ワラント」ともいう。)の買付けが行われているが、そのいずれも被告が原告に無断で行ったものである。原告は、平成七年五月上旬に被告から送られてきた「ワラント時価評価のお知らせ」(同年四月二八日付け)を見た後に、初めて原告名義でワラントの売買が行われていたことを知ったものである。

4 証券会社の業務は、他人の委託に基づく有価証券の売買取引を業とするもので、問屋営業であり(商法五五一条)、顧客との関係は委任又は代理の規定が準用されるところ(商法五五二条二項、民法六四四条)、具体的な顧客の注文をまってはじめて売買の結果を顧客の計算に帰せしめることができる。したがって、証券会社の従業員が顧客の注文に基づかずに、顧客の信用取引口座を利用して有価証券の売買を行い、その価格、手数料等に相当する金額を顧客の口座から引き落とす会計上の処理がなされたとしても、右無断売買の効果は、顧客に帰属しない。

5 よって、原告は、被告に対し、委任契約に基づき、被告が原告の取引口座から引き落とし処理した右売買に係る差損金一一五六万五五三〇円(本件ワラント取引による損失金の合計一二五六万六七七八円から利益金合計一〇〇万一二四八円を控除した残額)の返還及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

(被告の主張)

1 (取引方法、交付書類等)

(一) 原告と被告の間の有価証券取引は、原告が被告に特定銘柄の有価証券の売買を委託もしくは注文し、被告がこれを引き受けることによって成立し、その注文が被告によって執行される。具体的な銘柄について売買が成立したときは(この売買が成立した日を「約定日」と称する。)、原則として、約定日から起算して四営業日目の日に有価証券及び約定代金が受け渡される(この日を「受渡日」又は「精算日」と称する。)。

右取引に係る売買が成立すると、被告は、原告に対し、原則として各約定日に営業担当者から電話により、あるいは面談のうえ直接口頭によって、当該有価証券の売買の成立を通知している(このことを「出来通知」という。)。この制度は、証券会社が顧客に対し、当該売買の成立及び内容について確認するとともに、買付代金の支払又は売付有価証券の提出が未了の場合には受渡日までに入金又は提出するよう督促することを目的としている。

(二) 顧客との取引に係る売買が成立すると、当該取引の内容が「取引報告書」として作成され、営業担当者を通さずに顧客に郵送されるシステムになっている。万一営業担当者が顧客の意思を確認せずにあるいは顧客の意思とは異なった売買を成立させた場合には、顧客はこの取引報告書の受領によってその事実を発見することができる。

(三) 被告は、原告に対し、約定日の翌営業日に、顧客の口座番号、商品内容、約定日、精算日、銘柄、売・買の別、数量、単価、約定金額、手数料、有価証券取引税または源泉徴収税(売却の場合)及び精算金額などの具体的な取引内容の詳細を記載した「取引報告書」を郵送し、取引の内容を報告するとともに、万一内容に相違があった場合には取引店まで問い合わせるよう、注意を喚起している。

(四) また、被告においては、顧客が買い付けた有価証券を被告に寄託した場合に、預り証に代わる制度として、顧客との合意に基づき、取引がなされた月に、取引の明細並びに預り金及び預かり有価証券等の明細を記載した「月次報告書」を顧客に郵送する方式を採用している。この月次報告書も、被告から顧客に対し、営業担当を通さずに郵送されている。顧客は、この月次報告書によって、具体的取引の内容及び被告に対する預かり証券等を確認することができる。そして、この方式においては、万一、取引の内容に疑義ないし不明な点があれば、速やかに取引店の総務課長まで直接問い合わせてほしい旨注意を喚起しており、また、月次報告書到達後一五日以内に連絡がない場合には、取引を承認したものとして取り扱うものとされている。原告は、本件ワラント取引を開始した平成六年一一月当時も、この方式を利用していた。

(五) 更に、被告は、ワラントを買い付けた顧客に対し、三ヶ月毎に、保有するワラントの時価、評価損益の金額及び権利行使期限等を記載した「ワラント(新株引受権証券)時価評価のお知らせ」(以下「ワラント時価評価のお知らせ」という。)を送付しており、原告に対しても、平成七年一月三一日作成日のワラント時価評価のお知らせから三ヶ月毎に送付している。

2 (被告担当社員による説明等)

Bは、原告に対して具体的銘柄のワラントの買付けを勧誘する前に、まず、原告に対して、面談の上、ワラント取引説明書及びワラント価格表を用いてワラントの商品性及びワラント取引の仕組みについて一般的な説明を行い(その詳細は、後記二の被告の主張3のとおりである。)、その理解を得た上で個別のワラントの買付けを勧誘しており、さらに、具体的銘柄のワラントの買付勧誘に際しては、事前にファクシミリによって情報提供するなどして、当該ワラントの銘柄、その銘柄企業の業績その他の内容、市場での注目度ないし株価の見通しなどの他、ワラントの価格(単価)、権利行使価格及び株価、権利行使期間などのワラントの条件を詳しく説明し(権利行使期間が比較的短いワラントについては、特にその点を注意して説明し)、原告と意見交換をしたうえで原告の判断を仰いでおり、原告の判断に基づいて約定が成立していった。また、Bは、原告が買い付けたワラントについては、その後価格の動き及び評価損益の状況を伝えるとともに、その売却の時期について意見交換をしていた。

このように、原告は、ワラントの基本的な商品性及びワラント取引の仕組みを十分に理解した上で、個々のワラントの見通しに期待して、自己の責任と判断によって本件各ワラントを買い付け、保有し、売却の決断をしていたのであり、円満に受渡し及び清算を行っているのである。

また、原告は、被告からの出来通知、取引報告書、月次報告書及びワラント時価評価のお知らせを受領し、その内容を確認し、認識している。そして、これらに対し、原告はこれまで一度も異議の申出や苦情の申立などをしていない。

したがって、原告の主張するような無断売買の事実はない。

二  争点2(被告の社員の不法行為の成否)について

(原告の主張)

1 ワラントの性質等

ワラントとは、発行された分離型新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表象する証券であり、発行会社の新株を一定期間(権利行使期間)内に、一定の価格で(権利行使価格)、一定の数量(権利行使株数。一ワラントあたりの払込金額を権利行使価格で除したもの。)を購入できる権利である。このワラントの取引は、株式の現物取引などと比べると、次のような特質を持っている。

(一) 権利行使期間の制限

ワラントは、その発行時に権利行使期間が定められ、その期間を過ぎると権利行使ができなくなり、その経済的価値がなくなる。

そればかりでなく、ワラントの発行会社の株価が権利行使価格を下回っているときに新株引受権を行使することは経済的合理性がないから(市場で株式を購入する方が得であることは明らかである。)、株価が権利行使価格を下回っているようなワラントは、権利行使の残存期間が短くなれば、その間の株価上昇期待分が少なくなるだけ、評価が下がり、取引されにくくなり、売却が困難となる。

(二) 価格変動の要因

ワラントの権利行使価格はワラント債の条件を決定する際の株価に一定割合を上乗せした価格で定められるが、そのようなワラントが投資の対象となるのは、将来新株引受権の行使により、時価より低い価格で株式を取得し、その株式を時価で売却して差益を取得することができる場合がある故である。したがって、ワラントの投資価格は将来株式が権利行使価格より値上がりする見通しを前提として成り立つことになる。

ところで、右のようなワラントの価格形成における理論価格(パリティ)は、株価と権利行使価格の差額によって規定されるが、現実のワラントの市場価格は、このパリティ価格と、株価上昇の期待度や株価の変動性の大小、権利行使期間の長短、需要と供給の関係(流通性の大小)などの複雑な要因を内包するプレミアム価格とによって形成され、変動する。しかも、外貨建ワラントの取引については証券取引所に上場されず、店頭市場における相対取引により取引がされることもあって、その価格形成過程を把握することは一般の個人投資家にとって困難である。

(三) 価格変動の大きさ・予測の困難性

ワラントの市場価格は、基本的には、ワラント発行会社の株価に連動して変動するが、その変動率は株価の変動率より格段に大きく、株式の値動きに比べその数倍の幅で上下することがある(ギアリング効果)。したがって、ワラントの値動きは、株価の変動と対比してより複雑で激しいものであり、その予測が困難なものである。また、外貨建ワラントの場合は、売却する際の価格が為替変動の影響を受けるため、為替変動のリスクを伴うことになる。

(四) 危険性・投機性

右のようなことから、ワラント取引は、同額の資金で株式の現物取引を行う場合と比べて、小額の投資により投資効果を上げることも可能である反面、価格の変動幅が大きく、変動の予測が格段に困難であることに加えて、権利行使期間を経過すると紙屑同然になってしまい投資資金の全額を失う可能性があるから、高いリスクを伴うものでもあり、投機的な色彩の強い金融商品であるということができる。

2 被告の違法行為

(一) 適合性の原則違反

(1) 投資家が証券取引を行うのは自由であり、投資家は、一般に証券会社が提供する情報や助言に自らが収集した情報を併せて、当該取引の特質や危険性の有無、程度、自己の財産的基礎の有無などを判断し、その適否を決すべきである(自己責任の原則)。

しかし、証券会社は、証券市場を取り巻く政治、経済情勢はもちろん、証券発行会社の業績、財務状況などについて高度の専門的知識、豊富な経験、情報を有しているのであり、多数の一般投資家は、そのような証券取引の専門家たる証券会社の推奨、助言などを信頼して証券市場に参入しているのであるから、このような状況下においては、右のような投資家の信頼が十分保護されなければならないことは当然である。

右の要請から、証券取引法五〇条一項一号、五号、昭和四〇年一一月五日大蔵省令第六〇号「証券会社の健全性の準則に関する省令」一条一号が、証券会社などによる断定的判断の提供、虚偽の表示または重要な事項につき誤解を生じさせるべき表示などを禁止し、昭和四九年一二月二日蔵証第二二一一号日本証券業協会会長宛通達で、投資家に証券の性格や発行会社の内容などに関する正確な情報の提供、勧誘に際し、投資家の意向、投資経験及び資力に適合した投資が行われることへの配慮や取引開始基準の作成などを要求し、日本証券業協会制定「協会員の投資勧誘、顧客管理などに関する規則」(公正慣習規則第九号)で、証券投資は、投資家自身の判断と責任において行うべきものであることを理解させるものとし(自己責任の徹底)、新株引受権などについての取引開始基準の制定や説明書の交付等が定められ、投資家の保護が図られている。

もっとも、右法令等は、公法上の取締法規または営業準則としての性質を持つものであり、それに違反する行為が直ちに私法上も違法と評価されるものではないが、右の法令などが前記のような証券会社と一般投資家の関係から投資家の信頼を保護するために制定されたものであることを考慮すれば、証券会社やその使用人は、顧客投資家に対して忠実義務を負い、誠実かつ公正に業務を遂行すべき高度の注意義務を課せられているというべきである。そして、これに違反する証券会社やその使用人の投資勧誘行為は、私法上も違法と評価されるべきである。

右観点より、証券会社は、外貨建ワラント等商品内容が複雑で危険が大きく、値動きも不明瞭である金融商品を取り引きする場合、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして、不適当と認められる勧誘を行ってはならず、顧客が金融商品の知識に適合しているか否かを事前に判断して不適合な顧客とは右取引を行わないようにすべき義務がある。

(2) 原告は、職業は内科医であり、経済取引に関わる職業ではなく、また、公私ともに長年医療一筋に従事してきた者である。そして、証券取引については、Cが原告名義で取り引きしていたものの、自分では株式取引を行った経験はほとんどなく、Cの死亡によってたまたま同人が所持していた株式の管理を引き継いだものにすぎない。したがって、株式取引の知識経験もなく、ましてワラントの仕組みや危険性についての知識も経験も全くなかった。

また、原告は、ワラント取引を行ったとされる当時、診療時間が平日は午前九時から午後七時まで、出勤は午前八時前、帰宅は午後九時から一〇時であった。休みは日曜日、祝日であり、休診日は木曜日と土曜日の各午後であるが、木曜日の午後はb病院の嘱託医として毎週出勤していた。更に、原告は、医師会理事の会議(週一ないし二回)、県医師会経営委員会委員の会議(月一ないし二回)、健康センター嘱託医(読撮影)の勤務(週一ないし二回)、学校医中学校小学校各一校の健康診断・予防接種等、医師会・製薬会の勉強会(月三ないし四回)、学会認定医(日本内科学会、日本消化器学会、日本内視鏡学会)の勉強会(各年二ないし三回)などを行っていた。このように、原告は医師の診療行為及びそれに付随する種々の業務で多忙を極めていたのである。加えて、原告は、妻の死亡による財産の申告手続があり、株式の整理と名義を子どもに移転することだけを考えており、ワラント取引にあえて手を出すような時間的・精神的余裕はなかった。

このように、原告は、当時、新たに勉強してリスクの高い危険な金融商品を求めて取引を行うような意思も能力も時間的余裕もなかった。したがって、原告はワラント取引を行う適合性に欠けていたと言うべきである。

被告は、このような原告に対してワラント取引を勧誘し、原告と本件ワラントの取引を行ったものであるから、被告の右行為は不法行為を構成する。

(二) 説明義務違反

(1) 前記のとおり、ワラントは投機的な色彩の強い金融商品であるということができるが、証券会社は、このような商品を勧誘する際には、取引の相手方の職業、年齢、証券取引に関する知識、経験、資力等に照らして、当該証券取引によるリスクに関する的確な情報の提供や説明を行い、相手方がこれについての正しい理解を形成した上で、その自主的な判断に基づいて当該の証券取引を行うか否かを決定することができるように配慮すべき義務を負う。

(2) 原告は、医師であり、経済関係の職業に従事したことも、証券取引をした経験もなく、ワラントの意味も知らなかったにもかかわらず、Bは、原告が平成六年一一月一九日に本件確認書に署名捺印する際、原告に対して、ワラントの仕組みや危険性はもとより、当該書類がワラントの購入に関する契約書である旨の説明もしなかった。むしろ、Bは、原告に対して、雑談の流れの中であたかも外国株式購入の基本契約の書類のような説明をして、原告を誤信させて署名捺印させたものである。その際、本来本件確認書と一体となっている説明書がはずされており、確認書一枚が提示されただけであった。また、ワラントの説明書やパンフレット等の交付もされておらず、確認書の写しも受け取っていない。

また、前述のように、個々の取引においても、当該ワラントの一般的な説明も、当該ワラントの問題点についての説明も全くしていない。

したがって、原告は、ワラントについての正しい理解を形成した上でその自主的な判断に基づいて取引を行うことは到底不可能であった。

(3) Bは、ほとんど全てのワラントの売買が終了した後である平成七年六月一四日に、原告の診療所を訪問して原告にワラントの説明を行っている。この時、Bは、ワラントとは一定の期間一定の価格で新株を引き受ける権利と定義から説明し、しかもこれを紙に記載して説明している。仮に原告がワラントの仕組みを取引当時十分に理解しているのであれば、Bが定義から紙に書いて説明することはあり得ず、むしろ、具体的な取引事例について、数字を挙げて説明を行うのが自然である。かかる基本中の基本である定義の説明から行っているのは、この時ワラントの説明が初めてなされたこと、しかも、B自身、原告がワラントの知識がないのを知っていたことを示すものである。

また、原告は、右説明の直後に被告本社に対して「ころがして、ころがして、めいわくして、ついに露と散る。これが心境です。」と、被告らのワラント取引に対するあらわな怒りを示している。そして、当該抗議の一ヶ月後に番号5、6のワラント(第三回堺化学工業ワラント)は権利消滅した。原告がワラントを十分に理解して、自らの判断で取り引きしていたとすれば、かかることが起こることはあり得ない。

(三) このように、Bは、原告とのワラント売買において説明義務を尽くさなかったものであり、右Bの行為は不法行為を構成し、それについて被告は使用者責任を負う。

(被告の主張)

1 (ワラント投資の利点)

原告は、ワラントの危険性のみを過度に強調するが、ワラントは発行会社においても投資家にとっても利点が認められるものであり、特に投資家にとっては、次のような大きな利点がある商品である。

(一) 少額の資金による投資の可能性

ワラントは、株式投資に比較して投資資金が少なくて済み(株式の信用取引の場合は、三〇パーセント以上の委託保証金が必要)、しかも、株式投資以上の高収益が期待できる商品である。

(二) リスク限定性

(1) ワラントは、その価格が株価の動きに連動して上下し、かつ、その変動率が株価より大きいところにその商品としての特徴を有するものである。したがって、株価が下落すれば、そのリスクは株式を保有する場合よりも大きくなる可能性を有する。しかし、投資にリスクが伴うことは、株式、転換社債、投資信託などの他のすべての商品に共通のことであり、決してワラントに限ったものではない。むしろ、逆に、リスクがあるからこそ投資運用の妙味があるといえるのである。

(2) また、ワラント投資においては、株価がどれだけ下落しても、損失は投資額(当該ワラント購入金額)に限定され、最大の損失は投資額全額であるという有限責任が存するのである。

被告としてもワラントがリスク商品であることを認めるにやぶさかではないが、そのリスクはあくまで限られたものにすぎないのである。

(三) 高収益性

ワラントは、株価の上昇時にはいわゆる「ギアリング効果」により株式投資以上の高収益を享受することが可能であり、投資家にとり少額の投資によって効率よく収益を上げることができる商品といえるのである。

2 (原告の適合性の原則違反の主張に対し)

原告は、日常、医師としてカルテ、診療報酬明細書その他の医療関係書類を作成することが多く、また、製薬会社から交付される医療品の取扱説明書、使用上の注意などの書類にも目を通し、その内容を理解することが通常である。また、原告の平成六年当時の年収は二〇〇〇万円から三〇〇〇万円と高額であり、いわゆる資産家といえる。

さらに、原告は、極めて慎重な性格であり、本件ワラントの取引においても、被告営業担当者が株式の銘柄ないし商品を勧誘しても、決してその勧誘を鵜呑みして即断するタイプではなく、事前に資料などに目を通して内容を吟味・検討し、自らの納得のもとに売り・買いの投資判断を行う、極めて慎重な投資家であった。また、原告は、担当者の具体的な勧誘に対して、自らの相場観にあわなければ慎重に判断し、場合によっては断ることもあった。

また、原告は、診療所での診療時間中は、患者や看護婦への配慮から、できる限り被告営業担当者と面談するのを避け、自らの仕事のペースにあわせて被告営業担当者からの勧誘を受け、証券投資についての意見交換をしていた。特に、Bに対しては、原告への連絡方法について、① 事前にファクシミリでBから要件を連絡すること、② 緊急の場合には被告の名前を出さずに、B個人名で架電すること、③ 診療所を訪問する場合には必ず事前に連絡をとりあうこと、④ 面談の時刻は被告がその都度指定するが、原則として午後七時半以降にすることなどの指図がなされ、より慎重に投資判断をしていた。

このような原告の医師としての社会的地位、業務内容、年齢、収入及び本件における取引姿勢等よりすれば、原告は、証券投資において必要な理解力、判断力を十分に備えた投資家であるといえ、本件ワラントの取引は、適合性の原則に違反するものではない。

3 (原告の説明義務違反の主張に対し)

Bは、最初に原告がワラントを買い付けた日である平成六年一一月二一日の数日ないし約一週間前に原告の診療所を訪問し、原告に対して、「国内新株引受権証券(国内ワラント)取引説明書及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙八と同じ冊子)及びワラントの価格表を用いて、ワラントの基本的な商品性及びワラント取引の仕組みについて説明した。

当時の株式相場は、株式全般の上昇は期待できない状況であったが、その中でも個別的には株価の上昇が期待できるものがあった。右銘柄については現物株式を買い付けるよりもワラントの方がより投資効率が高いため、Bはワラントの買付けを勧めたのである。

Bは、まず、ワラント取引説明書を用いながら、ワラントとは一定の決められた期間(権利行使期間)内に、予め決められた価格(権利行使価格)で、一定の株式(新株)を引き受けることができる権利のことであり、ワラント取引は、この新株引受権を売買するものであること、権利行使期間がある以上、その期間が経過すればワラントは価値がなくなること、ワラントの価格は当該銘柄の株価の動きに影響を受け、その値動きは株価の変動率に比べて大きくなる傾向があること、外貨建てワラントについては為替変動に伴う影響を受けることなどのリスクについて詳しく説明した。その際、Bは、ワラントの商品性について原告の理解をより深めるためにゴルフ会員権の売買を例にとって説明し、また、ワラントのハイリスク・ハイリターン性については、前記ワラント取引説明書を読みながら逐次説明した。

さらに、Bは、ワラント取引説明書の該当箇所を示しながら、ワラントを購入した後の対応方法には、① 権利行使期間内にワラントを売却する方法、② 株価が権利行使価格を上回っている場合には権利行使をする方法、③ 右のいずれの方法もとらずに権利を放棄する方法、の三つがあること、ワラント取引が顧客と証券会社との相対取引であることや、ワラント価格の表示及び売買の方法などについて説明し、また、持参したワラント価格表を用いてより具体的にワラントの内容について説明した。

原告は、この時既にワラントが問題になっていることを知っており、単にBの説明を聞くだけではなく、ワラントの商品性や取引の仕組みについて質問をし、Bがそれに答えるという形でのやりとりがなされた。Bは、この日ワラント取引説明書を原告に渡して帰り、原告は右説明書で内容を検討することになった。

このように、Bは、原告に対し、事前にワラントについて十分な説明を行っており、Bに説明義務違反はない。

三  争点3(原告が被告に対して請求し得る損害賠償の額)について

(原告の主張)

原告は、前記原告の主張のとおりBから違法な勧誘を受けて本件ワラントの取引をし、一一五六万五五三〇円(ワラント取引一覧表の損害合計一二五六万六七七八円から利益合計一〇〇万一二四八円を控除した残額)の損害を被った。

よって、原告は、被告に対し、民法七一五条一項に基づき、右一一五六万五五三〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成一〇年一月一〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

第四判断

一  ワラント取引の性質(乙八、四七、証人B、弁論の全趣旨)

1  ワラントは、発行された分離型新株引受権付社債(ワラント債)から分離された新株引受権ないしこれを表象する証券のことであり、発行会社の新株を、一定期間(権利行使期間)内に、一定の価格(権利行使価格)で、一定の数量(権利行使株数。一ワラントあたりの払込金額を権利行使価格で除したもの。)を購入できる権利である。

2  このワラント取引には、次のような特質がある。

(一) ワラントにおける権利行使価格は、ワラント債の発行時における当該発行会社の株価をやや上回った価格で決められ、原則としてその後変更されることはない。

(二) 権利行使期間はワラント発行時に定められ、右期間を経過すると権利行使ができなくなり、ワラントは経済的に無価値となってしまう。

(三) ワラント価格は、理論的価値(パリティ)と株価値上がりへの期待(プレミアム)からなる。パリティとは、株価と権利行使価格との関係から計算されるワラントの理論的な価格である。株価が権利行使価格を上回っている場合にはパリティはプラスに、株価が権利行使価格を下回っている場合にはパリティはマイナスになる。プレミアム部分は、ワラントの取引価格からパリティを差し引いたものであり、その時々の株式市場に対する強弱感やワラントの人気度、需給関係などによって拡大したり縮小したりする。

したがって、ワラントの価格は、その銘柄の株価の上下に伴って上下し、当該株価が権利行使価格を上回れば上昇し、下回れば下落するが、権利行使期間内では、市場において将来株価が上昇するとの期待感がある限り、プレミアムが付いているため無価値になることはなく、権利行使期間が満了した時点で当該株価が権利行使価格を下回っているとき、又は、右期間内においても当該株価が再び権利行使価格を上回ることがないことが確実になったとき、当該ワラントは無価値になる。

(四) 外貨建ワラントの場合には、その価格は更に為替変動の影響も受ける。

(五) このようなところから、ワラントは、その銘柄の株価の上下によって株式の数倍の幅で価格が上下する傾向があり(ギアリング効果)、ワラント取引は、株式の取引に比べてより少ない資金で株式取引の場合と同様の投資効果を上げ得る可能性があるが、その反面、価格変動が大きく、その予測も難しく、権利行使期間の制約もあることなどから、全く無価値となってしまう場合もある点で、同額の資金で株式の現物取引を行う場合に比べて、ハイリスク・ハイリターンな特質を有する金融商品といえる。

二  争点1(被告によるワラント無断売買の有無)について

1  経過

前記第二、二の各事実及び証拠(甲二、五ないし一六、二〇ないし二二、乙一ないし一〇、一二ないし三五、四〇、四三の一・二、四四の一・二、四六、四七、証人D、同B、原告本人)並びに弁論の全趣旨によれば、以下の事実が認められる。

(一) (原告の経歴等)

原告は、昭和四〇年にc大学医学部を卒業し、昭和四五年に同大学大学院を卒業した後研修生となり、昭和四六年四月にd病院内科の勤務医となり、前記のとおり昭和五四年四月以来e市内で診療所(a)を開設してこれを経営している者であるが、本件ワラント取引当時は、近隣の校医、g健康センター読影委員、h医師会理事、兵庫県医師会経営委員などの公務にも従事していた。

平成六年当時、原告の右医院の経営等による年間総収入は一億円を超え、それから諸経費等を控除した純収益は二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円であった。

(二) (原・被告間の証券取引の開始等)

(1) 原告は、昭和五七年六月二四日、被告から関西電力債を購入したのを始めとして、被告との間で証券取引を開始した。それ以後、平成六年九月ころまでの間に原告が被告と行った証券取引は別表1記載のとおりであり、その取引証券は、債券の外、投資信託、現物株式、転換社債、外国証券など多種多様な商品にわたった。

なお、Cも、右原告の被告との取引開始の約一ヶ月後である同年七月一九日に被告に口座を開設し、被告との証券取引を行うようになった。

(2) 原告は、昭和六二年九月九日、外国証券の取引をするために外国証券取引口座を開設した。

(3) 平成二年一一月ころ、被告の営業担当社員であるD(以下「D」という。)が原告の担当となり、Dは前任者のEとともに引き継ぎの挨拶のために原告の自宅を訪問し、応対したCに挨拶をしたが、原告は留守であったため原告には挨拶できなかった。

その後、Dは、Cを通じて原告名義の口座での取引をし、原告と面談したことはなかったが、Cからは原告と相談しながら取引をしていると聞かされていた。平成三年一月一六日には、原告はCを通じてエマージングセレクトファンドを利益を出して売却し、同月二一日に被告の社員が右の売却代金を原告の診療所に持参して原告に支払い、その際、原告は自ら受領証(乙一〇)に署名捺印した。

平成五年三月ころ、Dは、原告の診療所に原告を訪ねて初めて原告と面談した。その後は、原告名義口座による証券取引は、すべてDが原告と直接話し合って行われた。その取引の方法は、Dが予め資料を原告の診療所にファックスで送信し、その後にDが原告に電話して企業の内容や株価の見通しなどについて説明し、原告がそれらを吟味、検討した上で、原告から委託注文をするというものであった。

(4) Cは、平成五年一〇月、●●●で市立fに入院し、同年末に退院したが、平成六年○月○日死亡した。

(5) 平成六年五月、原告担当の被告の営業社員がDからBに交代し、同月二七日、DとBが引き継ぎの挨拶のために原告の診療所を訪問し、原告と面談した。その際、原告は、Bに対し、今後の連絡方法について、Bから要件をファックスで送れば原告からBに連絡すること、緊急の場合には、Bは、被告の会社名を出さずにB個人の名前で電話すること、原告を訪問する際には必ず事前に原告に連絡を取って原告の診療所で面会すること、面会の時刻は原告がその都度指定するが、原則として午後七時半以降にすることなどの要求をした。Bは右を了承し、以後基本的には右に従って原告と連絡を取った。

Bが原告と取引をしたのは、別紙1取引一覧表記載の取引のうちの平成六年八月一九日以降の取引及びワラント取引一覧表記載の取引である。そのうち、別紙1取引一覧表の平成六年九月二二日に買い付けたテンプルトンドラゴンファンド(番号28)は、Bが原告から委託注文を受けたものであるが、それが外国証券であったことから、その前日の同月二一日、Bが原告の診療所を訪問して、原告に「外国証券取引口座設定約諾書」(乙六)及び外貨建証券配当金等の振込先届(乙七)に署名捺印をしてもらってその交付を受けた。

右取引を通じて、原告は、Bが提供した資料や情報を鵜呑みにするようなことはせず、それらの内容を吟味・検討して投資判断をするという仕方をしていた。Bは、そのような原告に対して、極めて慎重な投資家であるとの印象を抱いていた。

(三) (ワラント取引)

(1) 被告においては、平成六年七月に、ワラントの意味やリスク、ワラント取引の仕組みなどについての説明や権利行使にあたっての注意などを記載した「国内新株引受権証券(国内ワラント)説明書及び外国新株引受権証券(外貨建ワラント)取引説明書」(乙八・以下「ワラント取引説明書」という。)を作成し、営業に使用していた。右説明書の最終頁には、取引申込みをする顧客が被告に提出する書類として「国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引に関する確認書」(以下「ワラント取引確認書」という。)の用紙が綴られており、これには、「私は、貴社から受領した「国内新株引受権証券取引説明書」及び「外国新株引受権証券取引説明書」の内容を確認し、私の判断と責任において国内新株引受権証券及び外国新株引受権証券の取引を行います。」との記載がされていた。

(2) 平成六年一一月中旬ころ、Bは、原告の診療所を訪問し、原告に対し、ワラントの基本的な商品性及びワラント取引の仕組みについて、ワラント取引説明書の外貨建ワラントの部分やワラントの価格表等を示しながら説明した。右説明において、Bは、ワラントは、一定の新株を引き受ける権利証券で、権利行使期限が定められており、その期限を過ぎると無価値になること、ワラント価格は株価の動きに影響を受け、その値動きは株価の変動率に比べて大きくなる傾向があり、ハイリスク・ハイリターンな商品であること、外貨建ワラントについては為替変動に伴う影響を受けることなどの説明のほか、ワラント購入後の対応について、① 権利行使期限内にワラントを売却する方法、② 株価が権利行使価格を上回っている場合には権利行使する方法、③ 右のいずれの方法もとらずに権利を放棄する方法がある旨の説明もした。当時は、株式全般の上昇は期待できない状態であったが、個別的には株価の上昇が期待できるものもあったので、Bは、株価の上昇が期待できる銘柄でかつワラントが発行されている銘柄については、現物株式を買い付けるよりもワラントの方が投資効率が高いと考え、原告にワラントの購入を勧めようとしたものであった。Bは、右ワラント取引説明書等の説明資料を原告に渡して帰った。

(3) その後の同年一一月一八日、Bは、原告に対して第二回SMC外貨建ワラント(番号1のワラント)の資料をファックスで送り、同ワラントの購入を勧めたところ、原告から来るように言われ、翌一九日、原告の診療所を訪れた。その際、原告は、番号1のワラントを購入するとして、「ワラント取引確認書」(乙九)に署名捺印してこれをBに交付した。その後、原告から、原告の署名捺印のある、右ワラントの買付けを被告に委託する旨の「委託注文書」(乙三九)が被告に交付された。右委託注文書は、当時被告(神戸支店)の規則で権利行使期限までの期間が一年以内のワラントの買付けについては顧客から委託注文書を徴求する扱いとされていたことに基づいて、被告が原告から作成・提出を受けたものであった。

そして、原告は、その後ワラント取引一覧表の買付欄記載のとおりのワラントの買付けをした。そのうち平成六年一二月二二日に買い付けられた番号3のワラントについて、原告からその署名捺印のある「委託注文書」(乙四〇〈平成七年一月五日付け〉)が被告に提出された。

Bは、原告の右各ワラントの買付けに当たり、原告に対して当該ワラントについての資料をファクシミリで送り、その後原告に当該企業の業績、株価の見通し、ワラントの権利内容等について説明をしていたし(ただし、番号5及び6のワラントについては資料をファックスで送らず、電話で説明して勧誘した。)、売付けについても、原告に当該ワラントの状況を説明し、原告の指示を受けて行ったものであった。

(4) 平成七年一月一七日、阪神・淡路大震災が発生した。その当時、原告は、番号3、5、6、7のワラントを保有していたが、右ワラントはいずれも右震災以降値下がりし、評価損が発生していた。

(5) 被告は、原告に対し、平成七年四月二八日付けで「ワラント時価評価のお知らせ」(乙三〇の顧客送付用)を郵送し、それには番号3のワラント(権利行使期限平成七年七月一一日)の時価評価はマイナス三二九万七九〇〇円となっている旨記載されていたところ、同年六月始めころ、被告から原告に対して、右番号3のワラントについて権利行使期限が迫っているので、同書面に印刷されている「連絡票」で権利行使するかどうかの意向を至急知らせるよう求める内容の「外貨建ワラント権利行使期限到来のお知らせ」(乙四三の一)が郵送された。

(6) 右お知らせを受けとった原告は、同年六月一五日ころ、Bを診療所に呼び、Bに手持ワラントにつき権利行使するかどうかについて相談した。Bは、三菱石油株は株価の変動が比較的激しい銘柄であったので、判断の難しいところはあったが、今後同ワラントの価格が回復するようには思えず、結局無価値の状態で終わるものと判断し、また、番号5及び6のワラントも右と同様であろうと考えていたので、原告に対して権利行使しない方がよい旨の意見を述べた。その際、Bは、原告に対し、右の理由について、書面(甲二〇、二一)に数字や図を記載しながら、ワラントの基本的なところから説明した。

右説明の後、原告は、番号3のワラントについて権利行使しない旨の「連絡票」(乙四三の二)を被告に提出し、右ワラントは同年七月一一日の権利行使期限の経過により失権した。原告は、その後の平成七年七月一八日、番号5及び6のワラントについても、権利行使しない旨の「連絡票」(乙四四の二)を被告に提出し、右ワラントは同年八月二三日の権利行使期限の経過により失権した。また、原告は、番号7のワラントについては、権利行使をせずにしばらく様子を見ることにしたが、結局、平成八年一一月一二日に六万八七〇〇円で売却した。

(四) (被告から原告に対する通知等)

(1) 被告は、顧客に対して、毎月取引の明細及び金銭・証券等の残高の明細を記載した「月次報告書」(乙一二の様式のもの)を郵送していたが、右報告書には、「回答書を同封させていただきましたので、月次報告書の内容をご確認いただき、回答書にご署名・ご捺印の上○月○日までにご返送くださいますようお願い申し上げます。」との記載がされていた。

本件ワラントの取引分についても、被告は、原告に対し、右月次報告書(乙一二ないし一七)を郵送していた。右の月次報告書の「保護預かり口の残高」の欄には、保護預かりとなっているワラントの権利行使期限も記載されていた。

(2) そして、原告から被告に対して、右月次報告書郵送時に同封された回答書用紙(乙二三の様式のもので、月次報告書記載の取引明細及び保護預かりの残高明細の内容に相違はない旨の内容のもの)に原告の署名捺印がされた回答書(月次報告書記載の取引の明細及び保護預かり証券等の残高の明細の内容に相違ない旨の内容のもの)が郵送又は被告の担当者への交付等の方法によって被告に提出されていた。しかし、平成七年二月二八日付け月次報告書(乙一五)の分の回答書(甲七〈乙一五の分の月次報告書と同封されて原告に郵送されたもの〉)については、原告は震災後の混乱で忙殺されていて、被告への送付ができなかった。

(3) また、被告は、ワラントの保護預かりをしている顧客に対して、三ヶ月毎に保護預かりに係るワラントの時価評価を知らせる「ワラント時価評価のお知らせ」(乙二九の様式のもの)を郵送していたところ、右お知らせには、「適用為替」や「時価評価損益」の記載もされていた。そして、原告に対しても、被告から右お知らせ(乙二九ないし三五・最終は平成八年一〇月三一日付けのもの)が郵送されていた。

(4) 右の各書類が原告に送付されていた間、原告からBや被告に対し、本件三ワラントを含め、本件ワラントの取引が原告に無断でなされたものである旨の異議・苦情が出されたことはなかった。

2  原告は、その本人尋問において、① 原告は、平成六年一一月一九日、原告の診療所を訪れたBに対してCの所有株の整理を依頼した際、Bから、外国株取引に社内書類が必要であると言われて一枚の確認書への署名と捺印を求められ、Bに将来具体的な株の売買をするときにはその都度原告の同意の下で手続を行うことを確認した上で右確認書に署名捺印したが、その際、Bからワラントの話は何も聞かされず、また、ワラントについての説明書を含む書類の交付も一切受けておらず、右確認書がワラントの取引に関するものであることを知らなかったのであり、原告がワラントについてBから聞いたのは平成七年六月一四日が初めてであり、本件三ワラントの取引は原告に無断で行われたものである、② 平成七年八月ころ、被告から同年四月二八日付けの「ワラント時価評価のお知らせ」の送付を受けて初めて「ワラント」の文字を見るとともに、その時価評価がマイナス評価となっていることの意味も分からなかったので、Bに電話して来訪するよう求め、その後の同年六月二四日原告の診療所でBと面談し、その時に初めてBからワラントの説明をされたものであり、右「ワラント時価評価のお知らせ」を見るまでワラントの買付けがされていることは知らなかった、③ 月次報告書は、平成七年五月ころに見たのが初めてであり、それまで見たことはない旨供述し、甲六(原告作成の陳述書)にも右と同旨の記載部分がある。

しかしながら、番号1のワラントの買付けに先立つ平成六年一一月一八日、原告は本件確認書に署名捺印してこれをBに交付したところ、右確認書の用紙は当時被告が作成して使用していたワラント取引説明書に綴られていたものである。このことからすれば、ワラント取引確認書用紙をBがワラント取引説明書から切り離して原告にそれへの署名捺印を求め、原告に対してワラント取引説明書を呈示ないし交付せず、また、ワラントについての説明もしなかったということは到底考え難いことというべきであるし(ワラント取引確認書用紙の編綴箇所、その書式の体裁・内容等に照らせば、Bは右ワラント取引確認書に原告から署名捺印を得る際に、原告に対してワラント取引説明書を示し、それに基づいてワラントについて説明したと考えるのが、自然かつ合理的といえる。)、原告の職業や経歴に照らしても、原告が右確認書の意味内容を確認せずにそれに署名捺印したということも到底考え難いことである。また、番号1及び3の各ワラントの買付けについては、原告は委託注文書に署名捺印をして被告に交付しているし、本件ワラントの各買付け後も、被告から原告に対して毎月取引の明細等を記載した月次報告書や、三ヶ月毎に保護預りに係るワラントの時価評価を知らせる「ワラントの時価評価のお知らせ」が郵送されていたのである。それにもかかわらず、その間、原告から被告に対し、本件三ワラントの取引を含む本件ワラント取引について、それらが原告に無断で行われたものである旨の異議・苦情が申し出られたことはなかったのである。このような原告の対応は、原告が供述するようにBからワラントについての説明を受けておらず、原告の名義で本件ワラントの取引が行われていることを承知していなかったとすれば、到底考えられないことといわざるをえない。

また、Bは、平成七年六月一五日ころ、原告から手持ワラントの権利行使について相談を受けた際、甲二〇及び二一記載のとおりの数字や図を書いて原告にワラントについて説明しているところ、その説明内容にはワラントの基本的なところが含まれていることは確かであるが、それまでにBが原告にワラントについて前記認定のような方法で説明していたとしても、いざ権利行使をするかどうかについて判断を迫られる段階に至って、Bが、その判断に迷っていた原告に対して、原告自身が適正な判断を下せるようにとの観点からワラントの基本的なところから説明するということは十分ありうることであり、そのことは何ら不自然なことではないと考えられるところ、前記認定のBが右説明をするに至った経緯・事情、原告の証券取引についての態度ないし姿勢についてのBの認識等からすれば、Bは右のような観点から原告に対して右のような説明をしたものと窺うことができる。したがって、甲二〇及び二一の記載は、前記認定を覆すに足りないものというべきである。

更に、原告が番号5及び6のワラントについて権利行使しない旨回答した「連絡票(平成七年七月一八日付け」(乙四四の二)には、被告の対応に対する不満の吐露を窺わせる原告の書き込み記載があるが、その記載から、それが本件三ワラントあるいはその他の本件ワラントについて被告に無断売買行為があったことを指摘し、あるいはそれについての憤懣の心情を吐露しているものとまで読み取ることはできず、右記載もまた、前記認定を左右するに足りないものといわざるをえない。

以上のところから、原告の主張に沿う前記原告の供述及び甲六の記載部分を採用することはできない。

3  証券会社の従業員が、顧客の注文に基づかずに顧客の取引口座を利用し、その結果生じた手数料、利息、売買差損などに相当する金員を顧客の口座から引き落とす会計上の処理がされたとしても、右無断売買の効果は顧客に帰属せず、顧客は証券会社に対して委託証拠金、売買差損金等の返還を請求することができると解される。

しかしながら、前記二1認定の事実に照らせば、原告は、被告の営業担当者のBと連絡を取り合い、その情報を得て本件三ワラントの取引を含む本件ワラントの取引を行っていたと認められ、本件三ワラントの取引が原告に無断で行われたとは認められないというべきである。

三  争点2(被告の社員の原告に対する不法行為の成否)について

1  適合性の原則違反について

(一) およそ証券取引には多かれ少なかれリスクが伴うことは、通常人であれば理解していることであるといえるから、損失のリスクは原則として取引によって利益を得ようとする投資家が負うべきであり、証券取引にはいわゆる自己責任の原則が妥当する。

もっとも、証券会社は一般投資家からの委託を受けて有価証券市場において株式などの売買の委託取引を行うことを業とするものであって、顧客に対して善良なる管理者の注意をもってその委託された事務を行っている。そして、証券取引における価格変動要因は複雑であり、投資にかかる判断には相応の市場分析と能力を要するところ、一般投資家が投資判断をする場合には、専門的知識、情報を有する証券会社の勧誘、助言などに依存する傾向があることから、投資家の保護を目的として、証券取引法四三条は、証券会社は、業務を行うにつき、有価証券の買付け、売付けもしくはその委託等について、顧客の知識、経験及び財産の状況に照らして不適当と認められる勧誘を行って投資者の保護に欠けることとなり、又は欠けることとなるおそれのあることをしてはならない(適合性原則遵守義務)旨定め、大蔵省証券局長通達(昭和四九年一二月蔵省二二一一号)は、投資勧誘にあたっては投資者の判断に資するため有価証券の性質などにつき客観的かつ正確な情報を提供し、主観的恣意的な勧誘は厳に慎むこと、投資者の意向、投資経験及び資力に適合した投資が行われるよう十分配慮し、知識、経験、資力の乏しい投資者に対する投資勧誘はより一層慎重を期することを要求している。

右証券取引法の規定等は行政取締目的のものであり、直接には証券会社と顧客との間の法律関係を規律するものではなく、これに違反したことが直ちに民事上の責任を基礎付けるとはいえないものの、証券会社の顧客に対する投資勧誘の方法、態様が、投資者の投資目的、財産状態及び投資経験などからして過大な危険を伴う取引に積極的に勧誘したと評価されるなど、著しく不適合なものと認められる場合には、右善管注意義務違反として違法と判断されると解するのが相当である。

(二) これを本件についてみると、前記認定事実によれば、原告は、四年制大学を卒業した医師で、多数の公務にも従事した経歴があり、通常人以上に知的レベルが高いといえるうえ、高収入(年間二〇〇〇万円ないし三〇〇〇万円)を得ていて生活レベルも高いといえるし、本件ワラント取引以前に被告を通じて証券取引を多数回行っていて証券取引の経験は相当あり、また、本件ワラント取引においても、被告担当者から提供された情報をもとに自己分析をしたうえで、自らの判断で取引をするということをしていたものといえ、これらの点に照らせば、Bの原告に対する本件ワラント取引の勧誘行為が、適合性の原則に違反するものとは認められない。

2  説明義務違反について

(一) 前述のように、証券会社は顧客に対して善管注意義務を負っている一方で、証券取引においては自己責任の原則が妥当する。したがって、直ちに証券会社にワラントにつき一般的に詳細な説明義務があるとはいいがたく、当該勧誘行為の違法性は、当該取引の勧誘の方法、程度、投資家の職業、年齢、財産状態、投資経験、投資傾向その他当該取引がなされた具体的状況のもとで、個別具体的に判断されるべきである。

(二) これを本件についてみると、前記認定のとおり、本件ワラント取引にあたって、Bは原告に対して前記認定のワラントの性質、ワラント取引の特質等について説明をし、原告はBからワラント取引説明書(乙八と同じもの)の交付を受けているものと認められるところ、原告の学歴、職業、経歴、証券取引の経験等からすれば、Bの原告に対するワラントについての説明は、原告においてワラントの基本的な性格ないし仕組みについて理解し得るに足りるものであったものと認められる。したがって、Bに原告主張のような説明義務違反があったとは認められないというべきである。

第五結語

以上によれば、その余の点につき判断するまでもなく、原告の請求はいずれも理由がないから、これを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 竹中省吾 裁判官 永田眞理 裁判官 藤倉徹也)

〈以下省略〉

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